TOGODESIGN

いろいろなことを記す雑記のページ

手軽さを良しとせず

2026/08/04

TOGODESIGNのポートフォリオ

今や世の中はインターネットなしでは回らないほどになり、猫も杓子もスマホやパソコンの画面と一日中にらめっこする時代である。そんな中、本や雑誌など紙媒体の魅力を改めて感じている。なぜならインターネットよりも優位な点が沢山あるからだ。まず第一に内容がしっかりしていて味が濃く、情報の信頼性も高い。ネットには手軽にアクセスできるが、そこに溢れる情報のいい加減さと味の薄さは顕著である。何もかもがどんどん手軽になってきているが、それと引き換えにどんどん大切なものが失われていることは間違いなく、手軽さは内容の軽さや薄さとイコールなのかもしれない。

次に、絶対的な魅力はその存在である。インターネットが無い時代には考えもしなかったが、手で触れてページをめくる体験との連動によってそこに印刷された内容がより深く心に刻み込まれると感じる。単純に言って存在することは重い。重いからこそ紙に書かれたものは時を超え何世代も先の人々にまで伝わる。果たして、今クラウド上にあるデーターは何世代も先の人々にまで伝わるだろうか。ハードディスクに記録されたデーターに至っては何かの拍子にあっという間に消えてなくなるかもしれない。また、そんな未来まで残るに相応しいデーターがどれほどあるだろうか。それは0.01%にも満たないかもしれない。

話を戻そう。我々の身の回りを見回してみると印画紙にプリントされた写真は、その枚数こそ少ないものの記憶と連動して空気感までもが蘇る。見ていると時が巻き戻り楽しい思い出が頭の中を駆け巡る。これに対してデジタル写真は膨大な枚数が有りより多くの思い出を残しているように思うが、実際のところは記憶も薄いただの記録写真であることが多い。

これには手軽に撮れるかどうかが大きく関わっていると思うが、ここにも手軽であることの欠点が浮き彫りになっていると感じる。手軽を良しとせず、多少面倒でも没入できることが大事なのではないかと改めて思う今日この頃である。我々は生き物なのだから。

Photo・text:TAKANORI TOGO


暮らしやすさとは

2026/06/07

設計事務所の打ち合わせスペース

新しく建てた家に住んでみて、一番満足している点と一番不満を感じている点をひとつづつ、あるお施主さんに尋ねてみた。つまり、ある住宅の設計の優れている点と悪い点をそれぞれどのように感じているのか単刀直入に聞いてみたわけだ。このような本音の声はこちらから聞いてみないとなかなか聞けないので貴重だ。

まず、不満な点は洗面室の照明の位置、ピンポイントで具体的なご指摘をいただいた。対して満足な点は暮らしやすいこと。こちらは幅広い事柄が含まれ、動線に始まり心地よい居場所の数々や空間の関係性など様々な事をひっくるめて暮らしやすいという表現をされていた。これはとても嬉しいことであり、住宅の一番大事な本質的な部分なので何よりの褒め言葉でもある。実際に、お施主さんにとって今までより遥かに暮らしやすい家になってなければ仕事を依頼された意味はないと肝に銘じて設計をしているので胸を撫で下ろす瞬間でもあった。

お施主さんは「暮らしやすい」という表現でお話しをされていたけれど、これってつまり暮らしていて気分が良いという意味だと考えている。家での暮らしにおいて気分が良い事はとても大事である。それは毎日のモチベーションになり人生のエネルギーになるものだからだ。たとえ多少の面倒や負担や不便さがあったとしてもそれを超えて気分良く暮らすことができるのであればそれが最善だと思っている。

暮らしやすさとは20世紀的な効率化とか利便性とか楽ちんとかの単純で味気ないものではなく、毎日の気分を上げてくれる精神的な豊かさに繋がるものであると考えている。

Photo・text:TAKANORI TOGO


MADE IN JAPANが好きだ

2026/04/18

メイド・イン・ジャパンのモノ

20世紀末、ボクたちはメイドインUSAに熱狂していた。ファッションだって映画だってなんだってアメリカのものが魅力的に映っていた。シップスとビームス以外にも沢山のセレクトショップが出現する時代に入るとフランスやイタリアやイギリスなどヨーロッパ各国のモノ達が沢山この国に集まってきた。日々雑誌をめくり、暇さえあれば繰り返しページをめくり、1冊の雑誌を覚えてしまうくらいどっぷり洗脳された。こうしてボクたちの目はどんどん肥えていった。当時は日本のモノよりも海外のモノ、日本のモノはダサいなんて思っていたものだ。今となっては恥ずかしい限りだが本気でそんなふうに思っていた。

時が経ち、雑誌の記事に踊らされることも無くなり、すっかりモノの良し悪しが自分の目で判断できるようになるとメイドインジャパンの奥深さが解るようになってきた。日本人気質の発想で作られるものは魅力的で、日本の精神が宿っていることを感じるとやっぱり肌に合うし安心感がある。そう、安心感なのだ。

同じように海外に目を向けても国それぞれ独自の考え方によって作られるモノたちがあり、それぞれに魅力を感じる。つまりは、各国の文化や精神性を感じられる独自性をもったモノが魅力的なのだろう。ただ、文化が違うと安心は感じない。安心感こそがメイドインジャパンに魅力を感じる一番大きな要因なのかもしれない。 もう一つ、海外ブランドのモノでもメイドインジャパンの製品にはしっかりと安心感がある。それは日本人気質の作りや納まりや素材などから感じる見えない力なのかもしれない。

Photo・text:TAKANORI TOGO


いつもデジャヴ

2026/03/15

設計事務所のテーブル

学校で非常勤の講師を務めていた頃、学生からこんな質問を受けたことがあった。それは、設計をしている時にどれくらい空間をイメージできているのか?という、どう表現すれば良いか判らない難しいものだった。しばらく考えた後、誰にでも想像しやすい回答を見つける事ができた。

私たちが何かを見たり触れたりした後に再びそれらを思い出すことがある。そう、その時のような状態に近い。実際、脳内にイメージされる映像は過去を思い出している時の感じにとても似ていると思う。だから、建築が完成したときには、「どこかで見たことがあるな?」というデジャブにも似たような感覚がある。いや、デジャヴよりももっとはっきりとした既視感がある。スケッチを描きながら繰り返し繰り返しイメージをしていると脳は実際に体験したものと同じように扱ってしまうのだろうか。なんだか面白い。

また、近頃のAIが生成するちょっと違和感がある画像よりは正確にイメージできている。まだまだAIには負けられない。

Photo・text:TAKANORI TOGO


篠原一男の作品集

2026/03/01

椅子に置いた篠原一男の作品集

篠原一男の作品集を手に入れた。好きな建築家は沢山いるけれど、篠原一男と吉村順三の両氏が特に好きだ。しかし、このお二方の作品集はほとんど出版されていないので数少ない書籍のページを繰り返し繰り返しめくるしかない。そしてこの作品集は90年代に出版されてその後絶版になっていたのだが、2025年に再販されたことを先日知り早速購入した訳だ。実に嬉しい。

丸善の本棚の一番下に、このやたらと大きな正方形の本はドーンと置かれていた。本棚にも納まりきっていないその重く大きい本をそっと抜き取りレジへと向かった。事務所に戻ると、まずは豆を挽きコーヒーを淹れて気持ちを整える。淹れ終わるとテーブルに座り背筋を伸ばし本に正対しゆっくりとページをめくる。この一連の流れも新しい本に向かうときの楽しみの一つだ。

ページをめくって最初に思った。あぁそうか、篠原一男だから本が正方形なのかと。写真も良いが文章を読んでいると何十年も前に著者が考えていたことが今そこで語られているかのように感じる。文字はいつでも軽々と時を超えてやってくるが運んでくれるのは大抵いつも本だ。もう一つ、様々なドローイングを見ることができるのは嬉しい。揺れ動きながら進んでいく数々の建築の生のプロセスを見ることができる。これは今まさに細胞が分裂し生命が誕生する瞬間と同じような感じなのかもしれない。篠原一男は多くの住宅を設計しており、この本ではそれが結構詳細に読み取れるようになっているから幸せだ。そんな幸せも束の間、途中までページをめくったところでふと現実が頭をよぎりため息が出た。

住宅と一口に言ってもその種類や思想は様々だ。実に多くのバリエーションがあり形も質も幅広く存在する。問題は日本のほとんどの注文住宅が設計者の思考の積み重ねの上に建てられたものではなく、建主の要望そのままに建てられているという現実である。もしも注文住宅のようにフルオーダーで車がつくれたとするならば、車の構造を詳しく知らない発注者の要望通りタイヤが5つあって斜めに傾きながら走る車が平気で作られているようなものである。車でも住宅でも専門家の設計がなければ正しいものは出来上がらない。

しかしこれは建主が悪いわけではなく、勉強不足でありながら家を建てている商業主義の業者側に原因がある思っている。本当にそんなことが起こっているのかと思われるかもしれないが現実の問題は切実なのである。

さて、再びページをめくろう。

Photo・text:TAKANORI TOGO


デジタル的・アナログ的

2026/02/20

レコードとレコードプレーヤー

古いレコードプレイヤーを引っ張り出してきて久しぶりにレコードを聴いた。今聴くとレコードの音はこんなにも耳に優しいものだったのかと少々びっくりした。なんというかCDや配信の音が鼓膜に刺さる感じなのに対してレコードの音は鼓膜がふんわりと受け止める感じで実に心地良かったからだ。デジタルの音は音楽が細かくぶつ切りにされて角が立っている感じだけれど、アナログの音は全てが繋がっていて角がない。

そう考えると建築も整理整頓された情報を寄せ集めたドライなものではなく、一見すると不必要なものも存在意義を示し心に訴えかけてくるアナログ的な方が良いと思った。 住宅もアナログ的である方がいい。

Photo・text:TAKANORI TOGO


アランセーターはアクティブインサレーションだった話

2026/01/19

サンスペルのニットとRabのアルファダイレクト

近頃のアウトドア衣料の世界で注目されているアクティブインサレーションであるが、実はアイルランドで古来から漁師さんが着ていた羊毛のアランケーブルジャンパーが同様の機能を備えていることに気づいた。

ところで、アクティブインサレーションとは現代の高度な生産技術と研究によって生み出される最先端の繊維を使用したオーバーヒートしない保温着の総称で、その機能は秀逸だ。種類は様々であるが例えば右側のようなタイプは一見するとフリースのように見えるがとってもスカスカで大袈裟に言うと生地は網のようになっている。しかしこれが大きなポイントで、運動強度が上がってフリースだと汗だくになってしまうような状況でもオーバーヒートしないのだ。更には上にウインドブレーカーなどを羽織ればそのフワフワな生地に空気を含み暖かくなるというなんとも高機能な衣類なのである。

さて、アランケーブルニットであるが元々はアイルランドのアラン諸島の漁師さん達の為に編まれていたセーターだったらしい。ご覧の通りこのニットは編み目が詰まっておらず空気がよく通る。つまり防風性はとても低い。そして、ただの装飾だと思って見ていたケーブル編みは立体的で空気を沢山含む。これを着て寒い日に外を歩いてみると、身体が温まって来ても風がスカスカ抜けるのであまり汗をかかないが、一旦休憩するとほんわか暖かくなってくるので寒くない。正にアクティブインサレーションと殆ど同様の機能を持っていることに驚いた。建築の素材で言うところの調湿機能を持った素材のような感じの印象だ。

よく考えてみるとそりゃそうかもしれない。海の上で働く漁師さん達だって、きっと動けば暑かったし休めば寒かったに違いない。そんな過酷な仕事場があり、古くからの羊毛の産地で必然的に生まれたのがアランケーブルジャンパーだったのだろう。寒い日に上着なしで歩いてみて、このニットの編み方の成り立ちはそんなところにあるのではないかと想像が広がった。

Photo・text:TAKANORI TOGO



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